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2010年1月17日 (日)

1月17日という日。

当時眠りの深かった私にとっては
何でもない夢の中でその揺れを感じ
起きた瞬間には揺れはほぼ終わっていました。

15年前の1月17日早朝。

当時中学1年生だった私は
その日も普通に京都の学校に行きました。


阪神・淡路大震災。
私が住んでいた京都は震度5。

私学に通っていたので、学校の友達は京都のみならず
京都以外の近畿圏内から通ってきているコも少なくありません。

夢から覚めた時は そのコ達のことを考えるにも及ばず
何が起きたのかわからないまま
棚に置いていたハズのぬいぐるみが自分の横にあることと
両親の慌てて走ってきた音の方に驚いていました。


「幸!大丈夫か?!」


震度5は決して小さくはないけど、後で確認したところ
我が家は和室の土壁に少しヒビが入った程度で済みました。


テレビで状況を見るも、まだ詳しくは出ていないし。
自分達もご近所さんも大丈夫だから、普通に学校に行くことに。


学校はいつも通り。全校礼拝もいつも通り。
でも今日は礼拝がなかなか終わらない。長い。

生徒間でのヒソヒソ話で聞いたところによると
違うクラスの兵庫県方面に住んでいる男の子が来ていないらしい。

でもその彼はいつも遅刻がちだしなーと思っていたら
礼拝の終わり頃にその彼が来た。
いつも通りの半笑いの顔で入ってきたから
みんなも「なぁーんだ(笑)」という感じ。


帰ってからテレビをつけると
見たこともないような状況がそこにはありました。

この平和な日本には起こるとは思えないような状況。
13歳の私には、正直リアルに感じられず。

強いて言うなら
これ、教科書の戦争のページで見たことある。という感じ。

日々の報道も、いつまでも何となくリアルに感じれなくて。
可哀相と思いながらもリアルに思えない気持ちも拭えないまま
時は過ぎていきました。


それからもう随分経って。
9・11事件が起こりました。

私は京都で大学生。放課後は喫茶店でアルバイトをしていた時期です。

二番目の姉がピッツバーグに留学していた頃。

そして飛行機の一つがピッツバーグ郊外にもおちたと聞きました。

テレビで映像を見て、さらに姉を思って心配しながら
震災のことも思い出しました。
あの悲惨さを初めてリアルに感じ、今さらグッと来てました。


姉と連絡が取れたことで家族中でホッとして
嬉しくて喫茶店でバイト仲間に話していました。
その男性も震災のことを思い出したみたいでした。


彼はまさに被災者。震度7だった阪神に住んでいたそうです。


彼の話はこうでした。


戦争が起きたかと思った。
埃や粉塵が凄かった。
瓦礫をまたいで越えて歩いてた。
街だった中に横たわってはる遺体の横を歩いた。


衝撃でした。
普通に話してくれたけど、どんなんやったやろうと。


「近所同士の助け合い、それが本当にありがたかったよ。」


いま、東京で起こったらどうなるやろうと
たまに思います。何でもない時に。


あの日も、何でもない普通の冬の朝やったんやもん。

日々、後悔しないように生きていたいと
毎年、強く思い直す日です。

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